『象』
平成22年3月27日13:00~、新国立劇場にて。

作/別役 実
演出/深津篤史

出演/稲垣吾郎、奥菜 恵、羽場裕一、山西 惇、紀伊川淳、足立智充、阿川雄輔、神野三鈴、大杉 漣

原爆で背中に負ったケロイドを、町中で見せびらかし、町の人々から拍手喝采を得たいと奇妙な情熱を抱く病人。彼を引き止め、人々はもう我々被爆者を愛しも憎みも嫌がりもしないんだ、ただとめどなく優しいだけなんだ、だからひっそり我慢することしかしてはいけないと説得する甥。ふたりの心の行き違いから、原爆病者の陥った閉塞状況を、ひいては人間全般の抱える存在の不安を、静けさの張りつめた筆致で描いた作品『象』は1962年の劇団「自由舞台」の旗揚げに上演され、深い孤独と不安に耐え、静かな生活をまもりぬこうとする人間の姿を鮮烈に描きながら、原爆の恐怖と苦しみを斬新な手法で表現し、日本演劇界に衝撃を与えました。
別役実25才の時、初期の代表作であり今も上演され続けている本作品のテーマは、発表から既に45年以上が経過した現在の日本、さらには世界の現状をみつめてみても全く色あせてはいません。
演出には、新国立劇場において、岸田國士作『動員挿話』初演、再演、三島由紀夫作『近代能楽集─弱法師─』を演出し高い評価を受けた深津篤史を迎え、今の時代に相応しい新しい視点から捉えた『象』を上演いたします。(劇場HPより)


観る前に抱いていたのは、正直言えば重く難しい舞台なのだろうというイメージだった。

しかし、観終わってみると、そのイメージは変わっていた。奇妙で、不思議で、ときには笑いも含め、静かな中にどこか突き抜けたような明るさが感じられる、そういう芝居。そして、何よりも「言葉」が印象に残る舞台だった。

大杉漣さんの演じる「病人」は、被爆により背中に大きなケロイドがある。かつてはそれを「街」で多くの人々に見せていた。いまはもう症状が悪化して、長いこと病院のベッドの上で暮らしている。

しかし、彼は再び「街」へ出て、人々の前でそのケロイドを見せ、喝采を浴びることに大きな情熱を傾けているのだった。

稲垣さんが演じるのは、病人の甥である「男」。「男」が「病人」の見舞いにやってくるところから物語は始まる。

舞台は、色とりどりの衣類に満たされている。足の踏み場もなく、無秩序に積み上げられたさまざまな種類の上着やズボンやストールや帽子。

その衣類の海の上を、黒いこうもり傘を差した「男」が、奇妙に詩的な言葉を語りながら裸足でゆっくりと歩いてくる。たとえば風、たとえば魚、たとえば涙。そんな切れ切れのイメージが浮かんでは消えて。

病人と妻。病人と男。そして病人と医師。さまざまな会話を通して、病人の情熱がより明らかになっていく。そこにあるのは、被爆したことへの恨みでも哀しみでもなく、ただその背中を人々に見せて、拍手を、喝采を、という奇妙な情熱だけ。

…・・・ふと、つかこうへい氏の舞台を思い出した。語り口や雰囲気はまったく違うけれど、登場人物の強烈な「見せよう」という意志。登場人物の情熱の方向性やそのニュアンス。いやいや、似ているというのではない、ただふと、通じるものがあるように思わせられただけのことだ。

「病人」と同じく、被爆者である「男」や「看護婦」。「看護婦」の子どもを産みたいという願いや、静かに暮らしたいという「男」の希望。

しだいに彼らもまた病魔に冒されていく。

かつて「病人」が街でその背中を見せていたころ。そのケロイドに触れたいと言った幼い女の子。あるいは、目をそむけて金を差し出した女。そういう記憶が彼らの病……いや、被爆者であるという立場を定義付けていく。

たぶん、この戯曲が書かれた時代といまでは、原爆や戦争という言葉に対する反応も違いがあるだろう。今再演されることで、具体的な事象を描いたものというより、どこか普遍的な「マイナス」を背負った人々の物語……となっているように思われた。

そういう理屈はともかく、色とりどりの衣類の合間から立ち上がる奇妙な人物たちや、噛み合うような合わないような奇妙な会話が、いつか観た夢のような懐かしさを感じさせる舞台、そしてなにより、ときに笑いを誘いながら、圧倒的な量と内容のセリフを繰り出し、終始舞台の勢いを支えた大杉漣さんの熱演が印象的な舞台だった。
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by kiki_002 | 2010-03-28 10:51 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
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