「ハムレット」(DVD)
どこか遠い異国から来た者のように、彼だけが違う言葉を話し、彼だけが違うものを見ていた。
   
若き憂愁の王子ではない、悩める知識人でもない。
見知らぬ世界に迷い込んだ異邦人としてのハムレットがそこにいた。

 作/W・シェイクスピア
 翻訳/河合祥一郎
 演出/ジョナサン・ケント
 
 出演/ハムレット:野村萬斎、ガートルード:篠井英介、クローディアス:吉田鋼太郎
 オフィーリア:中村芝のぶ、レア―ティーズ:増沢 望、ホレイシオ:横田栄司、
 ボローニアス:壤晴彦、亡霊・座長・墓堀:津嘉山正種

DVDで「ハムレット」を観た。
2003年7月9日、世田谷パブリックシアターにて収録されたもの。

芝居が始まってすぐに違和感を感じる。
どういうことだろう、ハムレットだけが周囲の人間と違う空気をまとっている。

気になって、本棚にあった「ハムレット」を開いてみる。
岩波文庫版と新潮文庫版。
(河合祥一郎先生の訳した角川文庫版も読んでみたいところだ)
訳こそ違うものの、これまで知っていたハムレットとこの萬斎ハムレット、
当然ながら、語っている内容は同じだ。

それなのになぜこんな印象を受けるのだろう。

違和感の原因、彼を周囲から隔てているもの、
それは、太宰治の「人間失格」の主人公を思わせる不安定さのように思われる。
自分の生きている世界になじめず道化として生きようとした、異邦人の不安定さ。

父であり支配者であった王の死、その後まもない母の結婚。
彼にとって、「この世のたががはずれてしまった」かのように、
この世の土台が崩れ去り、見たことのない異界に変貌したように感じているというのに、
周囲では平然と日々の営みが続けられている。

彼だけがこの世の人間の営みから遊離してしまい、戸惑っているのだ。
そして、その不安定さや戸惑いを表現しているのは、彼の声だ。

早いテンポで続けざまに繰り出される言葉・言葉・言葉。
しかも、彼独自の音楽的な声でそれらの言葉が発せられるとき、
言葉はひとつひとつの意味から切り離され、
言葉を発するその姿全体が、何かメッセージを告げているかのようだ。

ときに高くときに低く、ときに響きときにくぐもり、自在に変化する声。

高い声で早口に意味の通らない言葉を紡ぎ出し、狂乱のそぶりを見せたかと思うと、
深い響きを持つ低音で、老成した思慮深い雰囲気を醸し出す。
また時には、初々しい少年の声で親友に語りかけ、純粋さを感じさせたりもする。

父の亡霊と出会い、復讐のために狂気を装い始めてからのハムレットは
ますますアンバランスでしかも恐ろしく魅力的だ。
けれどその偽りの狂気が、彼自身をいっそう混乱させていくようにも見える。

特に圧巻だったのは、王の罪を確かめるため、芝居を見せる場面だ。

ニセモノの狂気を透かしてにじみ出てくる、ハムレットの興奮や緊張。
いつにもまして言葉を発し続け、絶え間なく動き回る。
セットをよじ登り、王の顔色を伺い、オフィーリアに近づき、母にまといつき、また離れ。
このときの彼のテンションに観ていてすっかり巻き込まれてしまう。

オフィーリアとのやりとりも印象的だ。
「尼寺へ行け」という有名なフレーズをはじめ、責めるような言葉が続く。
翻弄される少女のとまどい。(このオフィーリア役の中村芝のぶさんもすばらしかった)
去っては戻り、少女を突き倒してはまた去る、乱暴なふるまいに抑えきれない焦燥が現れる。
彼女を愛しているのは間違いないのに、
崩壊した世界の中、信じることも愛を告げることもできないでいる。

また、母との会話の場面。
狂気の装いを脱ぎ捨て、激しい言葉で母を断罪しながらも、
父の亡霊を見て動揺するハムレットのさまに、
見ているものはもう、彼の狂気が演技なのかそうではないのか、わからなくなる。
あるいは、狂ってしまったのはこの世界の方なのだろうか。

このハムレットは、見慣れぬ異界へと変容してしまった世界の中で、
自分自身の存在を確かめようとしているようだ。

復讐であれ、受容であれ、彼が彼としてここで生きていくために何が必要なのか、
それをこの世界に問うているのだろうか。

これまで、ハムレットに共感を抱いたことはなかった。
それなのに、この異質なハムレットに心を動かされるのは、
自分の生きている現実と相容れないかもしれないという不安を抱えているから、
あるいは抱えていたことがあったからだろう。

そして思うのは、いま萬斎さんが演出をしたら、どんなハムレットになるのだろうか、
ということ。
きっといつかその答えを目にする日が来るだろう。
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by kiki_002 | 2007-08-07 23:57 | 映像 | Trackback | Comments(2)
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Commented by miyariver at 2007-08-09 01:31
kikiサマ
こんばんは。すごい記事です。正直ハムレットのストーリーについてはよく知らなかったのですが、臨場感ある文章でハムレットの興奮や緊張、不安や葛藤など、まるで観たかのように伝わってきました。翻訳や演出ってどことなく似ていて、かなりクリエイティブなことだと感じました。時にはオリジナルを大きく超えるものも産まれますもんね。kikiさんも演出いけそうですね!
Commented by kiki_002 at 2007-08-09 06:56
miyariverさま
お褒めの言葉、ありがとうございます!思い込みばかりの記事ですが、そういっていただくと書いた甲斐がありました。
確かに演出や翻訳によって、その作品から受ける印象が大きく変わってくるものだと思います。同じ脚本でも演出家によってぜんぜん違う舞台になって、面白いですよ♪
だって、好きなんだもん!
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