東京ネジ『みみ』2回目
平成20年7月16日(水)20:00~、五反田 アトリエヘリコプターにて。

ほんの数日前に観たのと、同じストーリー、同じ登場人物。なのにどうして、こんなに印象が違うのだろう。

この前感じたような、ファンタジーと現実との織り成す不思議な柔らかな世界……ではなかった。痛みを感じるほどの激しさで伝わってくる、彼女たちの思い。その切実さが何よりも強く印象に残った。

主人公みみみの不安定さは、彼女が自分を責めているから。いつか自らの耳が聴こえなくなるという不安さえ、自分のせいだという彼女の罪悪感は、いったい何に起因していたのか。

福原和歌の苛立ちは、彼女のプライドと不安。美しい笑顔の下に、見え隠れする狂気。それはただ愛しているからなのだろうか、あの男を。

和歌の夫、福原均。この前はただ身勝手な男と思ったけれど、今回観たら、明らかに病んでいた。うるさいと怒鳴りながら床に携帯を投げつける様子や歌を口ずさんだあとのあの笑いに、嗜虐性が透けて見える。みみみの耳を噛んだだけでなく、これまでの女たちにも何をしてきたことやら。どう見ても危ない男なんだけど、やや壊れた雰囲気が妙に絵になるのは、どうしてなんだろう。

しかも、気持ちの隙間に入り込んでくるような優しい声で優しい言葉をささやく。その声に絡め取られて、動けなくなってしまうみみみ。

同じように絡め取られていた守川愛。人見知りする雲子を気遣って話しかけていた彼女のほんの少しの偽善、それでも本当の言葉もあったはずなのに。いい人でいたかった彼女の罪悪感と絶望と。みみみや守川の陰りや孤独を、福原は感じ取っていたのかもしれない。獲物として。

カミソリを手にする守川。電話の向こうでは男が女を抱き寄せている。

これがみみみの罪悪感の正体。彼女の耳に流れ込む、心の軋むような守川の絶望のうめき声。それを思い出したとき、痛々しいまでの切実さでみみみの感情が動いていく。嵐のように。

嵐に飲まれそうになったみみみに、正面から向き合おうとする芹沢。「こういうとき、やっぱりオレ名前を呼びたいよ」というところでグッときてしまった。どこまでも誠実に相手と向き合おうとするその姿勢に。

そこで芹沢がつむぎ始める言葉から流れ出す光。少女時代の雲子が守ってきたキレイな思い出たち。つらい思い出と同じ数だけ幸せな思い出。それは雲子にとって、許しであったのだろうか。

ここでようやく、少女の失くした耳をみつけて、ひとつの旅が終わる。

芹沢は、最初にみみみに耳掃除をしてもらったとき、少女の雲子に連れられ耳を探す旅へ迷い込んで行ったのだ。不思議な国を彷徨いながら、ようやく見つけた彼女の殻。それを破って耳を取り戻したとき、現実に戻ることができたのだろう。すべては、この間に芹沢の見た幻なのかもしれない。そして、その後、芹沢がみみみに電話する場面が本当の始まりなのだと、思った。

その後のいちるとみみみと芹沢、3人の場面。コンプレックスだった名前を、「かわいい」と言ういちるの明るさ。いちるもすでにここでは、セーラー服ではなく。静かなやさしい時間が流れ始めていた。
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by kiki_002 | 2008-07-17 23:37 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
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