「サド侯爵夫人/わが友ヒットラー」
著者:三島由紀夫
出版社:新潮社(新潮文庫)
発行:1979年4月25日

先日、「サド侯爵夫人」の舞台を観てきたので、例によってその原作を読んでみた。

観てきた芝居の脚本を読むと、そのときの配役の声でセリフが聞こえる気がする。たいてい、いつもそうだ。絢爛豪華な言葉の連なり。緊迫した関係性。観念と観念の対立。エロティックな描写やセンセーショナルな事件も、すべて言葉で語られていくだけなのに、充分に劇的なのだ。

そして、「わが友ヒットラー」。この作品は、登場人物が女性ばかりの「サド侯爵夫人」の対になる作品だと、著者自身が語っている。男性ばかりの登場人物。舞台となる国や時代背景も対照的だ。そしてどちらも、ひとつの時代を代表する怪物をテーマにしている。

ヒットラーが、怪物になっていく瞬間。ラストの「中道」という言葉の虚しい響き。

どちらの作品も、観念や激情や生臭いものごとを優雅で詩的な言葉で綴っていく。大道具も小道具も歌や踊りもない。ただ膨大なセリフのみによって組み立てられていく芝居、そういうものをこの作者はある種の理想としていたのだろうか。
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by kiki_002 | 2008-11-08 23:33 | | Trackback | Comments(0)
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