世田谷シルク「接触」
平成20年11月16日13:00~および16:00~、Gallery LE DECO4Fにて。

原作/近松門左衛門(「けいせい反魂香」より)
作・演出・構成/世田谷シルク
一部脚本提供/
上野友之(劇団競泳水着)、中屋敷法仁(柿喰う客)、堀越涼(花組芝居)
出演/堀川炎、堀越涼(花組芝居)

風邪はまだ抜けきらないけれど、しばらく前から楽しみにしていた二人芝居、「接触」を観に渋谷へ。

ま、熱はないし、観劇ならしゃべらないので喉は楽だし。上演中に咳が出るのだけが心配なので、トローチと水とマスクとタオルハンカチを装備。

渋谷のギャラリールデコは以前、写真展か何かを観に来たことがあるような気がする。剥き出しのコンクリートに鉄パイプが縦横に走る空間。ステージとなる部分の中央に太い柱。その周囲にも取り囲むように鉄パイプ。三方の壁に沿って椅子と座布団が並べてある。窓はないけれど、表通りを車が走る音や他のフロアでの物音、時には線路を走る電車の音まで微かに聞こえてくるのがかえって面白い効果を上げている。

40人をやや超えるくらいの観客席。通常、こういうこじんまりした会場だと、舞台関係者や出演者の知り合いばかりが多いように感じられて微妙に居心地が悪いのだけれど、今日はなぜかそういうこともなく落ち着いて開演を待つ。

舞台は、近松の「けいせい反魂香」と、「絵本」と題された別の物語が平行して語られていく。しかもそのあいだに4つの1人芝居と落語をひとつ挟みながら、舞台の進行は切れ目なく続いていく。

「けいせい反魂香」。室町時代の絵師 狩野元信は、遠山という傾城と夫婦約束を交わしながら、大名の娘 銀杏の前に惚れられ、策略によってその娘と結婚してしまう。だが、大名家の執権に無実の罪を着せられ、追われる身となる。遠山も元信との恋ゆえに身を落とし、みやと名を変えて遣手となっている。4年後、元信とみやは再会するが、元信は義理ある人の言葉によって、やはり銀杏の前と祝言を挙げることになってしまう。みやは花嫁駕籠を襲い、銀杏の前にこれまでの事情を訴えて、少しの間元信と夫婦として添うことになる。しかし、ともに暮らすうちに、元信はみやがすでにこの世の人ではないことに気づくのだった。

一方、「絵本」は、絵本画家のもとへ新しい担当者が訪れるところから始まる。画家の無愛想な様子に担当の女は戸惑うが、しだいに互いに理解し合っていく様子が、恋愛ではなく人と人との交流として描かれている。言葉が不自由な画家を演じる堀越さんの指の長い手が紡ぎだす手話の美しさと、幼い子どもを演じるときの堀川さんの愛らしいさが印象的だった。

絵を描く男というキーワードのみを共有しながら、まったく違う物語が交互に語られ、ほとんどセットも衣装もなくただ演技だけで場面が移り変わる。時代も状況もまったく違う物語が切れ目なくつながっていく。しかも、そこに複数の一人芝居が加わる。

「シャンプー」ではなんといっても堀川さんの表情が秀逸だ。別れ話をしながらも、出会ったときのとまどいや、惹かれ始めたときの記憶を、未練ではなく大切にしようとする思いが感じられる。等身大の女性の微妙な心の動きが、しっかりと伝わってきて共感できる。

等身大と言えば、「酔っ払いの女」はまさしく、観ながら「ああ、あるある」と思わずにはいられない、リアルな日常が笑いを呼ぶ。

対して、堀越さんは日常から離れてまったく別の空間を構築していく。自作である「鮪」のシュールで身勝手でせつない恋。自分を哀れむ涙でさえ、救いになるのに。せめて、誰か代わりに泣いてくれないか。そんなラストに笑いながら思わず少しせつなくなったり。ニットキャップを目深にかぶった、今どきの若者らしいキャラクターが新鮮だった。

「柿喰う客」の中屋敷さん作「尻軽女が風に舞う」は、筒井康隆氏の小説を思わせるようなスラップスティックでブラックな笑いを見せながら、ラスト近くに語り手が気づく無残な事実やその後の駄目押しなど、話そのものもとてもよくできている。しかし、荒唐無稽な話とエキセントリックな女性キャラを、有無を言わさぬ勢いと説得力で見せる力技、そして、ふっと事実に気づいた瞬間に見せるせつなさは、堀越涼さんならでは、と言っても過言ではないだろう。

この4つの一人芝居(とひとつの落語)と2つの本編とがテンポよく切り替わりながら、ゆるやかにつながっていく流れが心地よい。

タイトルは「接触」。そして、「テーマは接触とかおり」。座席に置いてあったパンフレットにはそう書かれていた。確かに『触れる』ということや『香り』が呼び覚ます記憶などが印象的に描かれている。しかもそれだけでなく、色や音や語られない言葉などが、さまざまな感覚や記憶を意識させ、研ぎ澄ましていく中で繊細な人間関係を描き出している。

だが観終わって最後に印象に残るのは、愛しいものをなくした喪失感ではないだろうか。「絵本」では、幼い我が子について語る画家の手話と、それを見つめる担当の女性の間に流れる温かな「理解」が心に響く。「けいせい反魂香」では、この世のものではなくなっても愛しい男と添おうとする女のひたむきさが悲しい。それぞれの一人芝居にもさまざまな形の喪失感が込められていて、やわらかなせつなさが最後に胸に残る気がした。

二人芝居だからこそ、人と人との関係性が際立って感じられた気がする。繊細で刺激的でパワフルな、不思議な芝居だった。
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by kiki_002 | 2008-11-16 23:20 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
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