「接触」について、いくつかの補足
昨日観てきた世田谷シルクの「接触」について、さまざまなイメージの断片が浮かんでは消え、いつまでも頭を離れない。そういえば、書ききれなかったことがたくさんあるなぁ……、と思ったり。

軸となる2つのストーリーのうち、「絵本」の方は6つのパートに分かれており、そのほとんどが、聾者である絵本画家と担当編集者のやりとりのみで語られていく。

担当の女性が、自分はもうすぐ結婚する、子どもも生まれる…と告げた後、画家がふいに機嫌を損ね、依頼されたクレヨン画ではなくアクリル絵の具で絵を描いてしまう。

女に対して恋愛感情があったからか?とも思ったのだが、最後のパートを観てようやく本当の理由がわかる。子どもが出来たら絵を習わせたい、クレヨンを持つ小さい手が可愛いだろう、という女の言葉に、自分の子どものことを思い出させられたからだった。

画家にも子どもがいて、クレヨンで絵を描いていた。汚れた手を洗ってやった。クレヨンの匂いを嗅ぐと、子どものことを思い出してしまう。クレヨンを握る小さい手が可愛かった……。

その子どもは2年前に死んでしまい、妻とも1年間から別居している。

そんな話の後、背を向けた男に対して、そっと頭を下げ、去っていく女。覚えたばかりの手話で「お疲れさまでした」と、男には伝わらない言葉を残して、ドアを閉める……。

「絵本」のこのラストシーンから、ふいに堀越さんの落語「反魂香」が始まる。

長屋で、夜中に鐘を鳴らす坊主に、八五郎が苦情を言いに行く。坊主は、言い交わした女の供養のため、と説明する。女は、吉原の有名な太夫だったが、伊達公に身請けされ、男に操を立てて死んでしまう。女の残した香を焚くと女の幽霊が現れるというのだった……。

この落語が、なんとも面白い。どうしてこの方は何をやってもさまになるんだろうなぁ、などと思いながら観ていると、オチの前に堀川さんが登場し、「けいせい反魂香」のラストにつながってくる。いやぁ、ホントよく出来てる。

話は戻るが、「絵本」の5つめのパートについて。どうやら回想シーンらしく、子どもと父親の会話の場面が出てくる。父親は他のパートに登場する絵本画家と同一人物であろう。(絵を描いて、とせがむ子どもに、これから仕事で死ぬほど絵を描かなきゃならない、と答えているし、資料として読んでいる「けいせい反魂香」の一場面を、絵本作家が担当編集者に渡す場面がある)

ただ、他のパートでは絵本作家は聾者として描かれているのに、このシーンでは子どもと言葉を交わしている。彼にいったい何があったのだろう。

印象的な4つの一人芝居や「けいせい反魂香」もよかったが、「絵本」のしっとりした後味が、この芝居の印象を決めているのかもしれない、とそんな気がした。

中央の柱の効果的な使い方(字幕を映したり、その後ろを楽屋代わりにしたり、柱の後ろを通るだけで別の人物に変わったり)や、オープニング・エンディングの雰囲気、「けいせい反魂香」の中の有名な又平のエピソードなど、まだ書いてないこともたくさんあるけれど、キリがないので今日はこのくらいにしておこう。
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by kiki_002 | 2008-11-17 23:14 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
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