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ふたたび、「大正探偵怪奇譚 ~第参夜~ 縁」
久しぶりに、しゅうくりー夢の「大正探偵怪奇譚」の3部作のDVDをまとめて観た。

特に第参夜は、8月の初めに届いて1度だけ観て、すぐにしゅうくりー夢の8月公演に突入してしまったので、新鮮な気がする。

昨夜、ちょっとだけと思って観始めたら、やっぱり最後まで観てしまった。今日もまた終盤のシーンを観返し、ついでにDISK2のトークイベントまでしっかり観ている。もう自分でもどんだけ?と思うほどだ。

その中でも夢中なのが、地獄丸!も~、すごく好き。夜叉丸と戦いながら、まるで幼い子どもがダダをこねるように「やめろって言ってるんだ。一度くらい俺の言うことを聞いたらどうなんだ!」と叫ぶあたりから、エンディングでひとり舞台に立って微笑むところまで、もうすっかり釘付けになってしまう。

彼が息絶えるシーンはせつなくて、観ていると本当にドキドキする。(マジで心拍数が上がってるのではないかと思う)

8月に観た「Guard of PRINCESS」も、作品としては同じくらい好きなのだけれど、このせつない感じは特別だ。しばらくは繰り返しこの作品を観てしまいそうだ。

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by kiki_002 | 2007-11-01 23:10 | 映像 | Trackback | Comments(0)
「しゃばけ」ドラマ化
新潮社から出ている小説「しゃばけ」が、ドラマ化されるらしい。

江戸の街を舞台に、病弱な若旦那とそれをとりまく妖怪たちの活躍を描くシリーズものの小説で、ほのぼのした味わいがなんともいえない大好きな作品。これが、ドラマ化かぁ~。

若旦那もさることながら、そのそばを離れない2人の手代を演じるのは誰なんだろう?などと気になって、ネットで調べて見ると、けっこう面白いキャストがそろっている。

11月24日放送だということなので、忘れずに観ようと思う。
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by kiki_002 | 2007-10-17 23:43 | 映像 | Trackback | Comments(2)
「有閑倶楽部」連続ドラマ化
このマンガ、けっこう好きなんだけど、実写でドラマになるなんて思ってもみなかったなぁ。

1981年から連載してたというから、「なつかしい」という方も多いのではないだろうか。
いまでもまだ完結せず、不定期とはいえ連載中らしい。

ということは、あの連中、20年以上経っても高校生やってるんだねぇ。(まあ、最初から高校生には見えないけど)

有名な作品なので、いまさら設定とか登場人物の説明とかしないけれど(単に手抜きとも言う)、メインの6人のうち、個人的には松竹梅魅録が好き。

と、思ったら、えっ、このドラマ、魅録が主役?
でもってKAT-TUNの赤西くんがやるって……。いや、赤西くんのことは正直あまり知らないから特にコメントできないけど、このマンガの主役は剣菱悠理だと、なんとなく思ってた。

まあ、たぶん原作とドラマは全然違うんだろうなぁ……、と思いつつ、始まったらちょっと見てしまうかも。
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by kiki_002 | 2007-08-30 23:56 | 映像 | Trackback | Comments(2)
NHK芸術劇場 舞台中継「国盗人」
昨夜、NHK教育テレビで放送された「国盗人」。録画しておいたものを観た。

まだ劇場での記憶も新しい舞台をこうしてテレビで観るのは、ちょっと不思議な気がする。
世田谷だけでなく兵庫まで行ったことを思うと、なおさらだ。

劇場で観るときともっとも違うのは、場面によって視点が変わることだ。

客席後方から舞台全体が見えるように固定して映したのでは、
舞台の内容のよしあしとは別にひどく単調に見えてしまうのだけれど、
一方、場面によって視点を変え、アップを多用して映すと、
アップを映している時の舞台全体の動きが気になったりして歯がゆい思いをしたりもする。
やはり当たり前のことだけれど、舞台は劇場で見るようにできているのだ。

それから、画面が暗く、やや見づらい。
劇場ではもう少しよく見えたように思うのだが。

休憩を含め2時間50分ほどだった舞台を、2時間弱にカットしての放送。

ストーリーを重視して、物語に影響の少ない部分をカットしたのだとは思う。
が、遊びの部分が減って、初めて観る方には地味に感じられるかな、などと思ったりする。

そうはいっても、観始めるとはやり引き込まれる。

映像になってアップがあると、役者の表情が印象に残る。
特に、萬斎さんの狂言のときとは違う目の動き、いかにも悪党めいた鼻の辺りにしわを寄せる表情など、どうにも魅力的だ。(この芝居では醜いという設定なのだけれど)

後半になり、母と悪三郎のやりとりあたりから、全体が見えなくて歯がゆい、などと言ってるヒマもなく、ただただ悪三郎の表情に満足してしまう。

今回印象に残ったのは、「笑い」だった。

喜びの絶頂でも、絶望したときにも、悪三郎は笑う。
特に、「母にも見捨てられた」と言うときの笑いの壮絶なことといったら。
どんなに悪党であっても、この主人公を哀れに思わずにいられない。

そんなわけで、なんだかんだ言いながら、昨夜からすでに3回再生している。
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by kiki_002 | 2007-08-11 19:31 | 映像 | Trackback | Comments(4)
「ハムレット」追記
この「ハムレット」のDVDを観てから、感想を書くまでにしばらく時間がかかった。

なんだか、単純に「すごくよかった」とは言えなかったし、
どこか引っかかる感じが残って、それが何なのか考えたかったからだ。

本当は、もっと簡単に書ける感想もあったと思う。
たとえば、篠井英介さんのガートルードが素敵だった、とか、
中村芝のぶさんの演じるオフィーリアの愛らしさと、後半の狂気の場面が見事だったとか、
ハムレットのあの髪型とヒゲはどうなのよ?とか、
吉田鋼太郎さんのクローディアスが説得力ありすぎて、悪役には見えない、とか、
原作にはない、ラストの亡き父王の登場の意味は、とか。

でも、書きたいのはそういうことじゃなかった。

独りよがりなイメージではあるのだけれど、
これを観て思い出した『人間失格』を、買ってきて読み返したりもした。
だいぶ前に読んだきりだったので、それはそれで面白かったけれど、
ずいぶん遠回りをしているなぁ、と自分でも思った。

これで一応、自分なりに整理がついたように思うので、
もう一度、このDVDを観てみようかとも思う。
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by kiki_002 | 2007-08-08 23:46 | 映像 | Trackback | Comments(0)
「ハムレット」(DVD)
どこか遠い異国から来た者のように、彼だけが違う言葉を話し、彼だけが違うものを見ていた。
   
若き憂愁の王子ではない、悩める知識人でもない。
見知らぬ世界に迷い込んだ異邦人としてのハムレットがそこにいた。

 作/W・シェイクスピア
 翻訳/河合祥一郎
 演出/ジョナサン・ケント
 
 出演/ハムレット:野村萬斎、ガートルード:篠井英介、クローディアス:吉田鋼太郎
 オフィーリア:中村芝のぶ、レア―ティーズ:増沢 望、ホレイシオ:横田栄司、
 ボローニアス:壤晴彦、亡霊・座長・墓堀:津嘉山正種

DVDで「ハムレット」を観た。
2003年7月9日、世田谷パブリックシアターにて収録されたもの。

芝居が始まってすぐに違和感を感じる。
どういうことだろう、ハムレットだけが周囲の人間と違う空気をまとっている。

気になって、本棚にあった「ハムレット」を開いてみる。
岩波文庫版と新潮文庫版。
(河合祥一郎先生の訳した角川文庫版も読んでみたいところだ)
訳こそ違うものの、これまで知っていたハムレットとこの萬斎ハムレット、
当然ながら、語っている内容は同じだ。

それなのになぜこんな印象を受けるのだろう。

違和感の原因、彼を周囲から隔てているもの、
それは、太宰治の「人間失格」の主人公を思わせる不安定さのように思われる。
自分の生きている世界になじめず道化として生きようとした、異邦人の不安定さ。

父であり支配者であった王の死、その後まもない母の結婚。
彼にとって、「この世のたががはずれてしまった」かのように、
この世の土台が崩れ去り、見たことのない異界に変貌したように感じているというのに、
周囲では平然と日々の営みが続けられている。

彼だけがこの世の人間の営みから遊離してしまい、戸惑っているのだ。
そして、その不安定さや戸惑いを表現しているのは、彼の声だ。

早いテンポで続けざまに繰り出される言葉・言葉・言葉。
しかも、彼独自の音楽的な声でそれらの言葉が発せられるとき、
言葉はひとつひとつの意味から切り離され、
言葉を発するその姿全体が、何かメッセージを告げているかのようだ。

ときに高くときに低く、ときに響きときにくぐもり、自在に変化する声。

高い声で早口に意味の通らない言葉を紡ぎ出し、狂乱のそぶりを見せたかと思うと、
深い響きを持つ低音で、老成した思慮深い雰囲気を醸し出す。
また時には、初々しい少年の声で親友に語りかけ、純粋さを感じさせたりもする。

父の亡霊と出会い、復讐のために狂気を装い始めてからのハムレットは
ますますアンバランスでしかも恐ろしく魅力的だ。
けれどその偽りの狂気が、彼自身をいっそう混乱させていくようにも見える。

特に圧巻だったのは、王の罪を確かめるため、芝居を見せる場面だ。

ニセモノの狂気を透かしてにじみ出てくる、ハムレットの興奮や緊張。
いつにもまして言葉を発し続け、絶え間なく動き回る。
セットをよじ登り、王の顔色を伺い、オフィーリアに近づき、母にまといつき、また離れ。
このときの彼のテンションに観ていてすっかり巻き込まれてしまう。

オフィーリアとのやりとりも印象的だ。
「尼寺へ行け」という有名なフレーズをはじめ、責めるような言葉が続く。
翻弄される少女のとまどい。(このオフィーリア役の中村芝のぶさんもすばらしかった)
去っては戻り、少女を突き倒してはまた去る、乱暴なふるまいに抑えきれない焦燥が現れる。
彼女を愛しているのは間違いないのに、
崩壊した世界の中、信じることも愛を告げることもできないでいる。

また、母との会話の場面。
狂気の装いを脱ぎ捨て、激しい言葉で母を断罪しながらも、
父の亡霊を見て動揺するハムレットのさまに、
見ているものはもう、彼の狂気が演技なのかそうではないのか、わからなくなる。
あるいは、狂ってしまったのはこの世界の方なのだろうか。

このハムレットは、見慣れぬ異界へと変容してしまった世界の中で、
自分自身の存在を確かめようとしているようだ。

復讐であれ、受容であれ、彼が彼としてここで生きていくために何が必要なのか、
それをこの世界に問うているのだろうか。

これまで、ハムレットに共感を抱いたことはなかった。
それなのに、この異質なハムレットに心を動かされるのは、
自分の生きている現実と相容れないかもしれないという不安を抱えているから、
あるいは抱えていたことがあったからだろう。

そして思うのは、いま萬斎さんが演出をしたら、どんなハムレットになるのだろうか、
ということ。
きっといつかその答えを目にする日が来るだろう。
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by kiki_002 | 2007-08-07 23:57 | 映像 | Trackback | Comments(2)
「大正探偵怪奇譚 ~第参夜~ 縁」(DVD)
劇団「しゅうくりー夢」からDVDが届いた。

このところすっかり萬斎さんのことばかりで、他のことが目に入らないような日が続いていたのだけれど、届いたDVDを見て思い出した。
今年の前半は、この舞台に夢中だったのだ。

今年の2月、シアターVアカサカで上演された「大正探偵怪奇譚 ~第参夜~ 縁」、2006年の春に始まった3部作の完結編である。

作・演出/松田環

出演/丑三進ノ助:横井伸明、紅蜘蛛 戒:島田朋尚、
ニ俣川たま子:宮田彩子、九尾:松田環、鶯谷伝兵衛:家入賢仁、碑文谷廻:篠崎たかし
迷企羅:藤波瞬平、珊底羅:市来光弘、伐折羅:興松克之、魔虎羅:山本育子
小石川防人:原田 治、乃木坂花代:浅川薫理、晴海:柳澤奈津希、豊洲:岩井はるみ

大正時代、売れない怪奇小説家として暮らす主人公、丑三進ノ助。
実は人ではなく鬼である彼の活躍と、彼をめぐる人々や彼の過去を描く物語。

主人公である丑三進ノ助(夜叉丸)を軸に、第弐夜では主として千歳という可憐な少女との、第壱夜では強くて優しい女性、椿と進ノ助の母である茨木との、第参夜では弟の紅蜘蛛戒(地獄丸)との愛憎が描かれている。

特に、弟である紅蜘蛛戒こと地獄丸とは、第弐夜の対立から始まり、第壱夜では対立の発端となる過去が、第参夜では二人の間の決着が描かれる。対立の中に愛情があり、それでも戦わざるを得ないこの兄弟の悲劇が3部作の中心となっている。

主人公を演じる横井さんは、身体能力が高く、動きがとても絵になる方。
しかも声がいい。口跡がいいと言うのだろうか、どんなときもセリフがきちんと届いてくる。

そして、この第参夜で印象的なのは、主人公の弟、地獄丸を演じていた島田さんだ。
人恋しさに罪を重ねる悲しい鬼を美しく演じていらして、本当に印象的だった。

この劇団の舞台は常にそうなのだが、キャラクターがみな個性的で、魅力的に描かれている。
観終わったとき、すべての登場人物がいとしく感じられる物語だと思う。

またDISK2には、この劇団初のトークショーが収録されている。
意外にシャイな役者さんたちの、劇中とトークショーの落差は一見の価値がある。
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by kiki_002 | 2007-08-03 23:35 | 映像 | Trackback | Comments(2)
「オイディプス王」追記
「オイディプス王」について先日書いた文章を読み返すと、我ながら固いなぁ、と思う。
なにしろこのテンションの高い芝居を自宅の茶の間で観たのだから、
周囲の環境とのあまりのそぐわなさにとまどって、気負ってしまったのかもしれない。
劇場で観たらどう感じただろう、とは考えずにいられない。

最初に通してみた直後はずっしりと重くて、繰り返して観ようとは思わなかったのだが、
気がついてみると、すでに何度か再生している。
そこは自宅で見る映像の手軽さで、シーンによっては早送りしたり、リピートしたりしてしまう。

先に書いた2つのシーンは、重いのだけれどやはり印象的で、繰り返し観ている。
終盤、眼をつぶしてからは観ていてつらいくらいなのだけれど、それでもつい観てしまう。

吉田鋼太郎さんのクレオンが血まみれのオイディプスを自分の上着で覆うところも好きだ。

それと、カーテンコールがとてもいい。

最初に麻実さんが舞台中央で膝を折ってお辞儀するところと、
萬斎さんによりそって、膝をつくところが大好きだ。

萬斎さんと麻実さん、おふたりが真っ白な衣装で並ぶ姿は本当に惚れ惚れしてしまう。
特に萬斎さんは話の終盤ずっと血まみれなので、白い衣装がまぶしく見える。

次はアテネバージョンのDVDを買ってしまおうかと迷っているところだ。
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by kiki_002 | 2007-07-24 08:11 | 映像 | Trackback | Comments(5)
「オイディプス王」(DVD)
どうして彼は、あんなに悲劇が似合うのだろう。
日常的な感情とは異質な、壮絶な嘆きを演じるその姿に衝撃を受けた。

作/ソフォクレス
翻訳/山形治江
演出/蜷川幸雄
音楽/東儀秀樹

出演/オイディプス: 野村萬斎、イオカステ:麻実れい、クレオン:吉田鋼太郎

DVDで「オイディプス王」を観た。2002年6月15日、シアターコクーンにて収録されたもの。

人が、いまよりずっと神々に近いところで暮らしていた時代の物語。
現代の日常とは次元の違う強い感情や運命に動かされていく人々の物語。

古代ギリシャ、王オイディプスの治めるテーバイでは、疫病が蔓延し人々が苦しんでいた。
その災厄を鎮めるには、この国の前王を殺した者を探し、血の穢れを祓えという神託がくだされる。王は殺人者を探そうとするが、実はそれはオイディプス自身であり、しかも昔予言されたとおり、知らずに自分の父を殺し、母を娶っていたことを知る。
これがこのオイディプスの物語である。

ソフォクレスの書いた戯曲は読んでいないが、ストーリーは知っていた。たぶん「ギリシャ神話」の中の挿話として読んだのだろう。が、普通の小説などとは違い、登場人物に共感したり、感情移入することはなかった。自分達とは違う次元の話であり、起こった出来事は把握しても、そのなかで神々や英雄達がどう感じたかなどについては考えてみたこともなかった。

この舞台は、そういう悲劇を地上に引き降ろすのではなく、役者が神や英雄の高みに上って、そこで起こる神話の世界の出来事を生身で演じていた。

主役の2人は、崇高さ高貴さを失わないまま、怯えや愛や嘆きなど人間としての感情が伝わるよう演じている。
オイディプスは、嵐のような運命の中でも自分の意思を失わない。知恵で王座を勝ち取った彼は、嘆きも苦痛さえも自ら選び取るのだ。予言より理性を信じ、ついには神々に敗北して滅びていく。その愚かさと弱ささえ、高貴なままだ。
イオカステはただ立っているだけで凛とした気品を感じさせ、その高貴な美しさのまま、母であり女でもある顔を見せてくれる。

たとえば、テーバイに災厄を招いている王殺しの犯人が、自分かもしれないと気づき、オイディプスが恐れる場面。
怯え震えるオイディプスの姿は、人としての脆さを見せているが、しかし彼はそこで事実を知ることをやめようとしない。

そのとき王を抱き寄せる王妃イオカステは、慈しみにあふれ神々しいまでに美しい。
だが観客は知っている。彼女がオイディプスの妻であるとともに母でもあることを。

だからこそ、ここでは夫婦というより怯える子どもと慈愛に満ちた母に見えるのかもしれない。

また、王妃が王より先に(自分たちが夫婦であるとともに母子でもあるという)残酷な真実を知り、それを知ろうとする王をとめる場面を見ていると、彼女がオイディプスを本当に愛していることが感じられる気がした。

彼さえそれを知らずにすむのなら、イオカステはその真実を知ったまま生きていくつもりだったのだ。恐ろしさに震えながらも。

神よりも正義よりも、愛する男が大切だったのだろう。

だが、彼がその制止を受け入れず、どうしても知りたいのだと叫ぶのを聞くと、「かわいそうな人」といって崩れ落ち、一瞬、獣のような叫び声を上げると館の中へ姿を消す。

そうしてみると、彼女がそのとき自ら死を選んだのは、真実を知ったためではない。
残酷な真実を知ったオイディプスと顔を合わせることができなかったためではないか。
少なくとも、私にはそんなふうに思えた。

そして、ついに真実を知ったオイディプスがあげる声なき咆哮。
よろめきながら館に入り、彼が眼にしたのは、愛するものの死……。
この時、彼にとって世界は崩壊した。

自らの目をつぶし、血まみれになって現れるオイディプスの壮絶な嘆き。
それは痛々しさに苦しく感じるほどで、観ていると人間の卑小さと神聖さに打ちのめされる。

我々は、ただ単に強いもの、単に美しいもの、単に正しいものに惹かれるのではない。
強いものが見せる弱さや弱いものが見せる強さに、
醜いものの中の美しさや美しいものの乱れるさまに
正しいものの過ちや悪党の中の良心に、
神々ではない人間のそういう人間らしさに惹かれるのだ。

日常の延長にある言葉では、語れない物語である。舞台の上に渦巻く凄まじい感情を、痛いほどの緊張感で役者が演じている。それこそ神憑りのように。

そういう舞台だった。
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by kiki_002 | 2007-07-22 10:12 | 映像 | Trackback | Comments(2)
りゅーとぴあ能楽堂シェイクスピア・シリーズ「マクベス」
NHK衛星第2放送ミッドナイトステージ館で7月20日(金)24:05~26:23放送。

構成・演出/栗田芳宏
出演/マクベス:市川右近、マクベス夫人:市川笑也、ヘカテ:藤間紫

2006年2月に梅若能楽学院会館で観て、たいへん印象的だった舞台。

舞台装置も大道具もない能舞台で演じられた、
言葉の美しさと観客の想像力を生かしたシェイクスピア。

市川笑也さん演じるマクベス夫人がほの暗い空間に浮かび上がるさまは、
衝撃的なくらいに美しかった。

原作を読むとマクベス夫人にはなんの共感も抱けないのだけれど、
目の前の美しい人が、欲におぼれ、良心に責められ、狂っていくさまには心惹かれた。

『右近、笑也 地獄の道行き。』というコピーどおりのラストシーン、
二人が橋掛かりをゆっくりと進んでいく様子が、ずっと忘れられなかった。

今回の放送は2007年バージョンで、今年4月に国立能楽堂で収録されたもの。

こうしてテレビで観ると、登場人物ひとりひとりがくっきりして、物語の詳細が理解しやすい。
アップになるので表情も、手の動きや細かいしぐさなども劇場よりわかりやすい。

なのに観ていると、また劇場で観たくなってしまうのが不思議だ。
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by kiki_002 | 2007-07-21 09:14 | 映像 | Trackback | Comments(5)
  
だって、好きなんだもん!
by kiki
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