タグ:野村萬斎 ( 84 ) タグの人気記事
万作の会ホームページ リニューアルオープン
9月3日……つまり昨日、万作の会HPがリニューアルしたようだ。確かに、だいぶ雰囲気が変わって、今度はずいぶん見易くなっている。

使われている写真も目新しくなっているし、プロフィールも最近の情報が載っている。

狂言の主要な曲の解説があるのが、けっこうありがたいし、公演情報が見やすくなっているのも助かる。

で、わかりやすくなったHPを見ていて、ついファンクラブ「yoiya²(よいやよいや)」に入会しそうになったりするのは、我ながらあまりにも単純……。
[PR]
by kiki_002 | 2008-09-04 23:15 | 日々のこと | Trackback | Comments(0)
『能楽現在形 劇場版@世田谷』
平成20年6月21日(土)19:00~、世田谷パブリックシアターにて。

《喜多流》 半能『融 笏之舞(しゃくのまい)』 シテ:友枝雄人ほか

       能『舎利』 シテ:狩野了一 ツレ:大島輝久 
              ワキ:森常好 間:野村萬斎
              笛:一噌幸弘 小鼓:成田達志 
              大鼓:亀井広忠 太鼓:金春國和ほか

笛方の一噌幸弘さん、狂言師の野村萬斎さん、大鼓方の亀井広忠さん。この3人が能楽の総合芸術としての可能性を探求するべくスタートさせた『能楽現在形』。毎回、同世代のシテ方を迎え、公演を行っている。その劇場版として、この劇場で2度目となる『能楽現在形 劇場版@世田谷』。3夜連続のうち、2夜目を拝見した。この日のシテ方は喜多流。

月が。大きな満月が昇り、その中に浮かび上がるシルエット。

光源氏のモデルとも言われる平安の貴人、源融(みなもとのとおる)。その霊が、月夜に舞う。能舞台ではない。中央に傾斜があり、床は黒い光沢のある素材。上手に地謡、下手に囃し方が座っている。

若く美しい貴人の、颯爽とした舞と謡。劇場ならではの照明と音響。拍子を踏む音が、楽器のように響く。黒い床に、舞っているシテの姿がくっきりと映って、不思議な美しさ。これは、2階席でよかったかもしれない。

観終わった後、友人がつぶやく。「いいものを観せてもらったなぁ……」それから、「背を向けたとき、ますます美しいってどういうこと?」とも。

休憩の後は『舎利』。

初めて都に来た僧が、泉湧寺の仏舎利を拝ませてもらっていると、現れた里人が仏舎利のゆらいを語った後、足疾鬼となって仏舎利を奪い天井を蹴破って逃げて行く。

天上界へ仏舎利を持って逃げた足疾鬼を韋駄天が追い詰め、仏舎利を奪い返す物語なのだが。

通常と違う舞台。暗闇の中に光の柱が立つ。演じる方はたいへんであろう。

しかし、闇と光を活かし、音響とシンプルながら効果的なセットを活用し、天上天下を駆け巡る壮大なスケールの戦いを描く大スペクタクルとなっていた。

いやあ、面白かった。こうして劇場で演じられる能は、能舞台とはまた違う面白さがある。

そして、ポストトーク。お3方と今日のおシテ狩野了一さんが舞台に。

前日のアンケートに、「やはり能舞台の方がいい」という意見があったらしく、ちょっとご立腹な感じの芸術監督 萬斎さん。いや、能舞台は能舞台でもちろん素晴らしいのだけれど、これは劇場でやる意味を探る試みだから、というようなことを(たぶん言葉は違うと思う)力説されていた。

狩野さんは端正な二枚目で、能では面をかけてらっしゃるのがもったいないくらいだ。この劇場版ではいろいろたいへんだったようだけれど、あまり文句を言うでもなく、控えめな雰囲気。一方、駄洒落を連発する幸弘さんとやんわり軌道修正する広忠さん、そしてそれを横目に話を進めて行く萬斎さんのコンビネーションが見事だ。

いいなぁ、なんか。この方たちがやることをまた観たい、そう思わせるパワーが、間違いなくある。
[PR]
by kiki_002 | 2008-06-23 23:14 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
はしご
マチソワというんだろうか、同じ日に昼公演と夜公演を観るのは実は苦手だ。昼と夜、同じものを観るというのならまだいいのだけれど、別々の芝居を続けて観ると、どうも一方の舞台はきちんと消化しきれないような気がする。

……と、言いながら。地方在住なので、時間の都合や電車賃節約のため、ついつい2つの公演をはしごしてしまうこともある。

今日は14時から王子小劇場で柿喰う客の「俺を縛れ!」を、19時からは世田谷パブリックシアターで「能楽現在形 劇場版@世田谷」を、観てきた。

いっそこのくらいタイプが違うものなら、どちらかの印象が薄くなることもないような気がする。その証拠(?)に、今日はどちらもすごくよかった。おとといのコンサート以来、気分よくテンションが上がりっぱなしだ。

あ~~、「俺を縛れ!」は6月30日までだって。もう1回観たくなってきた。平日19:30に王子なら、仕事終わって速攻で行けば間に合うんだけど、家に帰るのが深夜になっちゃうんだよなぁ……。どうしよう?

それぞれの感想はまた後で。
[PR]
by kiki_002 | 2008-06-21 23:58 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
欲しいDVD
とりあえず、これ

それから、これ

なんとなく、関連しているようなそうでもないような。

特に後の方は、ずっと買おうと思っているのに何故かまだ買ってない。近いうちになんとか。
[PR]
by kiki_002 | 2008-06-05 23:48 | 映像 | Trackback | Comments(0)
余韻……。
昨日の舞台の余韻が胸に残って、ゆるやかな幸福感にひたっている。

図書館で借りてきた『清水邦夫全仕事 1958~1980』の中の「わが魂……」を読み返したり。他の方のブログで、舞台の感想を探してみたり。

さまざまな場面が、脳裏に浮かんでは消え、いくつもの台詞が、耳の奥によみがえってくる。

萬斎さんも今日くらいはゆっくりできたのだろうか?それとも相変わらずのお忙しさで、もう何か別のお仕事をされていたのだろうか?

次に萬斎さんの舞台を拝見することができるのは、6月21日。この日、萬斎さんは3つの劇場を掛け持ちされる予定のようだ。……なんて忙しい方なんだろう!

この舞台については、まだまだ語り足りない気がする。もしかしたらまた、思い出したことや気づいたことについて、書いてみたい気がする。
[PR]
by kiki_002 | 2008-05-28 23:58 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」千秋楽
平成20年5月27日(火)、14:00~。Bunkamuraシアターコクーンにて。
今日はとうとう千秋楽。無理やり仕事を早退して、観に行ってきた。

夢の中で実盛に逢う時だけ、少女めいて華やいだ声を出す巴の心情。実盛に紅をさす五郎の、愛情のこもった仕草。ラストシーンで朝の光に照らし出された、無残でありながら安らかな、満足そうな実盛の表情。

カーテンコール。舞台中央で菊之助さんがバッタリと前方に転倒したのは、素だったのだろうか?舞台中に似た場面があったので、ネタだったのかもしれない。

萬斎さんが軽やかに飛ぶようにして、自分の立ち位置にやってくる。全員で盛大な拍手を浴びた後、舞台上に萬斎さんと菊之助さん2人が残されたとき、両手を広げて抱き合うのを観て、ジンときてしまった。

3度目のカーテンコールで蜷川氏が登場すると、何かキラキラしたものが頭上から降り始めた。驚いたように見上げる萬斎さんの表情が印象的だった。

その後も拍手は鳴り止まず、繰り返し幕が上がった。カーテンコールは全部で5回だっただろうか?

終わってしまったなぁ……。いろいろな意味で、ホントに美しい舞台だった。いつかどんな形であれ、この美しい世界にまた出会うことがありますように。
[PR]
by kiki_002 | 2008-05-27 22:57 | 舞台 | Trackback | Comments(2)
「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」3回目
平成20年5月25日(日)、14:00~。Bunkamuraシアターコクーンにて。
3度目となる「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」を観た。

仕舞の稽古を途中で失礼して、シアターコクーンへ向かう。どう考えてもギリギリだ。

会場に着いたとたん、開幕のベルが鳴った。今日は2階席。階段を駆け上がると、係の方がそっとドアを開けてくれる。客席の後ろに立って、ちょうど始まったばかりの菊之助さんの独白を聞いた。相変わらず良く通る美しい声だ。

場面の転換時に、席に案内される。周囲の方には申し訳なかったが、通路際の席だったので、比較的スムーズに席に着けたのは幸いだった。

2階から観ると、舞台の奥行きの深さがよくわかる。1階席と比べると、距離よりも角度の違いを感じる。

2回、3回と回を重ねるうちに、どんどん巴に感情移入していくような気がする。彼女の孤独と情熱と。……そして、狂気と。

「夢が醒め、現つと思うもまた夢の夢、この巴、昨日からこの世をば夢と現つのはざまと見たて、屈託なく華やかに生きることに決めました。」そう言って、晴れやかに笑いながら走り去る巴。残された兼光と兼平には、いっそう深い絶望と狂気。

ラストシーン。実盛が五郎に向かって言う。「出来うれば、死の瞬間まで平凡に、淫らに、つつましやかに、そして激しく……」その言葉どおりに生きた実盛の声が、森に吸い込まれていく。

汗で落ちた実盛の白粉を五郎が直し、紅をさした後、水面に映る実盛の顔を観て、笑う2人。水の音を聴き、そのまま眠りに落ちる実盛。以前観たときには、実盛が眠っているのか、すでに死を迎えたのか、どちらだろうと考えたものだが、今回は2階から観ても明らかに呼吸をしていた。

カーテンコールが始まり、萬斎さんは軽やかに飛ぶように舞台中央へ。いつもと同様、胸に手を当て片足を引いた優美なお辞儀。鳴り止まない拍手に、とうとう4回目のカーテンコール。多くの方が立ち上がって、拍手を続けていた。

この美しい舞台も明日が千秋楽。それが過ぎると、あの森にはもう戻れないのだ。いまから寂しい気がする。
[PR]
by kiki_002 | 2008-05-26 23:48 | 舞台 | Trackback | Comments(0)
「清水邦夫全仕事 1958~1980」
著者:清水邦夫
出版社:河出書房新社
発売日:1992年6月

全集によくあるように、細かい活字でびっしりと2段組になっている。間違いなく、普通のハードカバーの何冊分かの内容ではあるはずだ。で、それが上・下の2冊セット。すでに書店で取り寄せることもできないので、図書館で探してきた。

で、目当てはもちろん(?)、現在シアターコクーンで上演中の『わが魂は輝く水なり』。観てきたばかりのこの話を、戯曲で読んでみたかったのだ。で、まずは上下巻のうち、『わが魂…』の入っている下巻を読み始めた。

その最初の数編を読んで思った。いやあ、イメージしていたよりアングラだわ。1969年から1974年あたり、蜷川さんと一緒にやっていたころの作品は特に。その時期について、「蜷川演出と組んで反体制的な若者を描いた作品で人気を集める」とWikipediaにあった。

これはどんなふうに舞台にするんだろう?と思う作品や場面がいくつもある。なんていうか、視覚的というより観念的というか文学的なト書き、だったり。

そして、その時代の直後に書かれた『幻に心もそぞろ狂わしのわれら将門』が個人的には面白かった。

読んでみると、まず『わが魂は輝く水なり』とよく似ている。ストーリーや登場人物は違うが、70年代の政治闘争末期をモデルにしている点やカリスマ的な指導者が正気を失うことで集団が迷走して行く様子、その集団を支えようとする意思的な女性の存在、など、明らかな共通点がいくつもある。台詞の中にも、相似を感じさせる部分がいくつもあった。ただし、ラストの印象は『わが魂…』よりだいぶ凄惨だったけれど。

1976年の初演はもちろん、2005年に蜷川さん演出で上演されたときも観られなかったのだが、DVDでもいいから観てみようか、と思ったりもする。

で、肝心の『わが魂…』。舞台のイメージが頭に残っているせいか、読んでいると、萬斎さんの声や菊之助さんの声で台詞が聴こえる気がする。たいへん贅沢なことだ。

ただ、予想されたことではあるけれど、笑いのおこる場面は文字で読むより舞台の方がずっと面白い。それがどこまで戯曲の時点で計算されたものか、私にはわからないのだが。

一箇所だけ、ト書きにない演出があった。いや、他にもあるかもしれないが、気がついたのはそこだけだったのだ。兼光が浜辺で念仏を唱える場面。シーンの最後に、石仏たちが人の顔を持つ印象的な演出、これは脚本にはなかった。そういえば、なんとなく蜷川さんらしい、という気もする。

メインのお2人が華があるためか、全体に、本で読むよりも舞台の方が美しい印象だ。まあ、基本的には戯曲は読むよりも舞台にかかったのを観る方がいいんだろうなぁ。

次の日曜にまたこの舞台を観に行く。その前にもう少し、戯曲を読み返してみようと思う。
[PR]
by kiki_002 | 2008-05-20 23:56 | | Trackback | Comments(0)
「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」2回目
平成20年5月11日(日)、14:00~。Bunkamuraシアターコクーンにて。
2度目の「わが魂は輝く水なり-源平北越流誌-」。

一週間前にこの芝居の初日を観て以来、頭のどこかでいつもこの芝居のことを考えていたような気がする。

そしてようやく迎えた2度目の今日、確かにセリフやストーリーは前より理解しやすかった気がする。

それでも……。正直に言えば、一度目に観たときの方が気持ちよかった。そう、前回は何か不思議な心地よさを抱えて帰路に着いたものだ。良いものを観た、何かとてつもなく美しいものを観た、そんなふうに思えて。

それぞれの場面には同じように引き込まれながらも、今日は少し考え過ぎてしまったのだろうか?前回の印象を確かめるように観ていたのだろうか?だから、最初ほど純粋に物語にのめり込むことができなかったのかもしれない。

菊之助さんの美しさも萬斎さんの凛々しさも、決して記憶を裏切るものではなかったのだけれど。

今回印象に残ったのは、巴と兼光兼平の中原兄弟だった。

改めて観ると、巴が実盛を慕っていることが前よりいっそう強く感じられた。最初に出会ったときから、実盛と巴は惹かれあっていたのだろうか?若く美しく、そして強くてしなやかな巴を、実盛も憎からず思いながら、平家への忠義のため、あるいは義仲やその仲間たちやそこへ組する五郎への意地のため、巴と離れ、山を降りて行く。

一方、死人の目を恐れて、殺すたびにその目をえぐっていた兼光、木曾へ帰ろうと何度も何度も口にする兼光、彼の狂気がしだいに明らかになっていく。それとともに、非情で冷静な軍師という印象だった兼平さえ、狂気の波に飲まれていく。

実盛は澄んだ魂を持ち続けていたのだろうか?あるいは、澄んでいるままに彼もまた正気と狂気、現実を夢の合間を彷徨っていたのだろうか?

彼だけに見える息子五郎の亡霊。巴との夢。老いた彼の心にとって、現実よりも大切なものがあるように見える。そして、彼は死に場所を探す。

主君や息子六郎のいる本隊を無事に京へ向けて逃すため、あれほど憧れていた森の国の人々と戦うために、わずかな手勢を連れて、森へ。

だが、巴を指導者とする敵は、彼を殺さず生きて捕らえようとしていた。それを知った実盛は、白髪を染め白粉を塗り、自らの老いを隠そうとする。敵に自分であると気づかれないようにするために。

白粉を塗るシーンでの五郎と実盛のやり取りのせつなさ。そして、実盛が死者である息子に向かって、生きている者としての思いを語る部分の静けさが心に沁みた。

敵兵に『化け物』と呼ばれて、実盛は「わしの本性を言い当てた」と言う。彼はなぜ、自分のことを化け物だと思ったのだろうか。

変わりたくないと嘆く巴。木曾へ帰りたいと言う兼光。ひたすらに京を目指す兼平。ただ実盛の静けさだけが、この森に深い余韻を残していたような気がした。
[PR]
by kiki_002 | 2008-05-11 22:22 | 舞台 | Trackback | Comments(2)
「婦人公論」5/22号
だって、蜷川幸雄さんと野村萬斎さんの対談が載っていたものだから、つい。

で、お目当ての記事は「相討ち対談-幸せな出会いは無邪気な狂気が連れてくる」と題された4ページほどの白黒の写真入ページ。タイトルの「無邪気な狂気」とは、蜷川さんが萬斎さんを評して言う言葉。

6年前、蜷川さん演出の「オイディプス王」に萬斎さんが主役として出演された際、蜷川さんが感じた萬斎さんの印象。嬉々として血糊を手にした萬斎さんの「無邪気な狂気」。

「もうちょっといい仕事をするにはどうしたらいいだろう、とつねに考えているんだと思う」という蜷川さんの言葉。

現場、という言葉を繰り返して使っていた蜷川さんの演劇に対する思い。

このおふたりの生み出す舞台の魅力の一端がのぞけるような気がする。

で、萬斎さんの服装は……う~~ん、どうなんだろう?いっそカラーで見たかったような気もするけれど。
[PR]
by kiki_002 | 2008-05-08 23:36 | | Trackback | Comments(0)
  
だって、好きなんだもん!
by kiki
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
ブログパーツ
検索
画像一覧