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by kiki

『淫乱斎英泉』

平成21年4月11日17:30~、あうるすぽっとにて。

作/矢代静一
演出/鈴木裕美

出演/
高野長英:浅野和之
お峯:田中美里 
越後屋:木下政治
お半:高橋由美子 
溪斎英泉:山路和弘

過去を追う女:矢代朝子


矢代静一氏の浮世絵師三部作の一つ、『淫乱斎英泉』。

そういえば2年ほど前、その浮世絵師三部作のうちの『写楽考』を観た。キャストも美術も素晴らしく、2人の男の生き方を対比させたテーマもよかったのに、スピード感を重視して脚本をカットしたためか、かえってどこか踏み込みきれない物足りなさを感じ、惜しいと思いながら帰ってきた記憶がある。

で、この『淫乱斎英泉』。気にはなりつつ、観に行こうかどうしようか迷っていたが、いろいろな劇評を読んでいるうちに、ますます気になってしまい、結局観に行くことにした。

渓斎英泉という浮世絵師は、淫乱斎英泉という雅号で春画を描き、一方では女郎屋を営むという、奔放な生き方をしていた。歳の離れた腹違いの妹 お峯、溺愛しているそのお峯を抱くように、高野長英を挑発する英泉。

オランダ医学を学んだ長英に、眼病を治療してもらって以来、長英を慕うお峯のため、そして、朴訥で生真面目な長英を揺さぶるため、だろうか。

奔放に、気ままに、自由に生きているように見える英泉。彼を突き動かす、平穏な生活に安住できないその魂。繰り返す日常や、当たり前の人間付き合いの中では、安らぐことのできない、嵐のようなその性分が、彼を追い立てるように見える。

たとえば、来客の財布を盗む。金が欲しいから、というだけではない。その証拠に、盗ったその財布はすぐに人に与えてしまう。これを盗ったら、何が起こる?見つかったらどうなる?そして見つからなかったら?そういう刺激を、彼は絶えず必要としているのだ。

一方、妹のお峯。兄から渡されたその財布が盗まれたものとわかったとき、自分が罪を被ろうとしたように、いっそ度が過ぎるほど従順で健気な娘。人の意向に沿って生きようとするその生き方に、苛立ちさえ感じてしまうほどだった彼女後半での変貌。

長英は、高い理想をもった若者から、自信が鼻につく文化人、牢を破って逃亡している政治犯、町医者などとドンドン姿を変えながら、その中には若者のときと同じ生真面目さと自負を抱えている。高い知性と知識を持ち、日本の未来を慮っていたはずの心のうちに積もって行く澱のようなもの。

英泉の浮世絵を愛し、英泉や長英と係わりを持つ越後屋。海外との貿易を志し、開国を望む彼をみると、憂国の志士や政治家とはまた違う視点で、先を見ようとする商人の心意気が感じかれる。そのしたたかさもキッパリした物言いも、江戸の商人らしさがただよう。

英泉の店の女郎から、越後屋の妾、そして越後屋の正妻へと、変わって行くお半。無邪気で明るい彼女のキャラクターが、この重い舞台を軽やかに彩っていた。

それぞれの思いが、場面場面でヒシヒシと伝わり、観ていて痛みを感じるくらい、切実な舞台。

特に、英泉の元に越後屋が現れ、脱獄した長英をかくまうように依頼する場面。長英に心を寄せるお峯のときめき。快く受け入れる様子を見せながら、実は長英を売ろうと図る英泉。それもただ、溺愛するお峯が不幸になる様子がみたいという歪んだその思いに、すでにお峯は気づいている。

越後屋夫婦と長英が去った後の、この兄と妹の場面が圧巻だった。

兄と妹、それぞれが抱く、お互いに対する屈折した愛情。絵でも戯作でも放蕩でも満たすことのできない英泉の心の闇。去っていった長英を案じながら、兄の語る滑稽な話に笑ってみせようとするお峯の表情。

追っ手が迫り、戻ってきた長英。追われる長英の顔を変えるため、薬品で焼く場面の壮絶さ。それまでの生活に倦んだ英泉が、長英を匿い、その理想を実現させることに、これまでの放蕩に変わる刺激を求めようとする様子。

その逃亡生活の果てに、また江戸に戻ってきた英泉と長英とお峯の変貌。そのまま物語の終わりまで、ひと息にみせるその緊迫感。

力のある多くの言葉と圧倒的な役者の力が活きる舞台。そこにある感情は、めったにない深さと真実をもって、観ているこちらの胸に迫ってくる。そういう舞台だった。
by kiki_002 | 2009-04-12 13:34 | 舞台